神社プラス1

«

»

8月 17 2016

神社プラス1 メールマガジン第40号

月イチ配信 神社プラス1 メールマガジン第40号をお届けします。

こんにちは。神社プラス1の和田裕美です。

「人に物を伝える仕事していて
 流行のものを毛嫌いしてはいけない」と言われ

ポケモンGOをやっているのですが
やっぱりゲームは向かないみたいです(苦笑)

しかし、
わたしの家の前に
ポケスポットがあって
家にいても起動していると
自宅にポケモンがでてくるので
なんとなく家にいるだけで
レベル5になったんですよね。

探して歩いてないのに
自宅にいるのだ!

と、強引な切り出しになりましたが
実は
最近の話題としては
パワースポットが土地から人へ
移動しているとか言うスピリチュアル系の
人が増えてきています。

ちょっと言葉では説明できないのですが
心を整えて
自分と向き合っていれば
自分の内側からちゃんと
パワーが湧き出るってこと。
神社に出向くことだけでなく
まずは自分という存在に
感謝して「ありがとうございます」と
手を合わせるような・・・そんな感じです・
そうするとパワーがどんどん高くなる時代というか・・・
(やっぱり説明できない!)

とにかくです
まさに、
あなたが「パワスポ」になるってこと!

これからはさらに
「誰と神社にいくか」によって
エネルギーが変わってきます。

さて、
であれば
神社にいくにしても
山に行くにしても

深い教養
尽きない探究心
野生的な体力
を持っている
今回のメルマガライター
中村さんと一緒に行くのは最高でしょう。

なんせ、
パワーのある場所に
パワーを放出する人と
一緒に行くのですから
ダブル効果。

今回のメルマガの内容も教養がすさまじく
「へ~~」の連続でございます。

無知なわたしがポケモン捕まえているあいだに
中村さんは今日も神様を調べて
歴史をさかのぼって修行されているのです
すごいです。

そんな中村さんの「山」への愛を
感じるトークへつなぎますね。

和田裕美

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
神社プラス1 中村 真

登山ブーム到来

「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」との趣旨で、今年から8月11日が「山の日」という祝日となった。

かつて登山といえば、大学や社会人の山岳部・山岳会を中心とした活動が中心であり、その後、1990年代には日本百名山といったTV番組をきっかけに中高年の登山ブームが起こり、2009年頃には”山ガール”という言葉とともに若い女性の登山が増加し、2003年から2008年まで600万人前後と沈んでいた登山人口は2009年に1,230万人と倍増。2010年も1,000万人を超え、その後も富士山の世界文化遺産登録をきっかけに増加傾向にあったが、2011年の東北震災、2013年の御嶽山噴火の影響から減少し、現在は800万人程度と考えられている。
いずれにしろ、古来から自然環境に恵まれていた日本にとって、これほどまでに登山客が増えてきた時代はなかったと思う。
 

では、いつごろから人は楽しむために山に入ってくるようになったのであろうか?

明治時代(1868年 – 1912年)、1874年にガウランド、アトキンソン、サトウ(佐藤 愛之助 アーネストサトウ イギリス外交官)の三人の外国人パーティが、ピッケルとナーゲルを用いたいわゆる近代登山を日本で初めて六甲山で行った。ガウランドは1881年に槍ヶ岳と前穂高岳に登山して「日本アルプス」を命名した人物で、サトウは富士山に最初期に登った外国人としても知られる。その後、日本においての近代登山が花開いたと言える。

しかし古来から日本国内においては、当たり前のように人々は山の恩恵を受け、ともに暮らす術を持っていた。
ただ、近代登山におけるピークハントや景観を楽しむといったレジャーとしての登山というカルチャーがなかっただけで、もともと日本人の精神性の中には、山に限らず自然そのものに対する畏怖や畏れ、または自然の摂理そのものに神や仏を見立てた自然崇拝がひろく横たわり、その自然そのものである御山を楽しむ観点や頂上を制覇するといった考え方はなく、その恩恵をいただきながらともに暮らし、ときには大自然そのものの神様や仏様にご挨拶にいく目的で山に立ち入ってきた。里山で暮らす人、そのもの山の中で暮らす狩猟民族、行者・山伏と言われた修験道の修行者たち・・・。
つまり近代登山の考え方においては、前人未到と言われた様々な山も、登山者たちが初登頂したその頂にはすでに、古代から祀られる神様や仏様が鎮座されていたという。

先に説明した近代登山としては1881年にガウラントが槍ヶ岳に登頂したが、その60年ほど前1828年には播隆上人による槍ヶ岳開山が行われていた(注1)。
神や仏は、その存在を意識し祀る人がいなくては存在しないので、近代登山が始まるずっと前から日本各地の山々には、神や仏に出会うために、または拝むために山を登る修行者たちの存在があった。それは山を楽しむ登山ではなく、個人的な信仰として神や仏を拝むために山を登る「登拝」という言葉として今日までその概念を残している。

 
先日、長野県は上高地の山に登拝をしてきた。登山道の途中にある明神池に穂高神社の奥宮がご鎮座されている(注2)。
穂高神社とは安曇野市穂高にご鎮座される日本アルプス総鎮守、海陸交通守護の神「穂高見命」を祀る神社だが、その奥宮が明神池のお社にあたる。ご神体はもちろん背後の穂高岳であり、「穂高見命」の「見」とは「オサメル」意味とされ、穂、高くなる地をオサメた偉人ということで「穂高見」と呼ばれたという説が残ってる。その穂高見命を穂高大明神とまつり始めたところから、いつしかご神体である穂高岳を明神岳と称するようになった。明神岳とは穂高岳の尊称にして穂高連邦の中心の山として多くの人の信仰の対象になり、江戸時代以前は上高地を神河内と表現していた。

では、その祀られている神様「穂高見命」とはどんな神様なのか。古来の修行僧たちが意識し拝むために登った大明神の正体を紐解いてみたいと思う。

「穂高見ノミコト」別名「ウツシヒガナサクノミコト」とも言われ、初代天皇である神武天皇(即位前はカミヤマトイワレヒコノミコト)の叔父にあたるといわれ、神武統制以前、筑紫の国に一大勢力をきづいた「ワダツミ」一族がいち早く入植してきたあたりからその存在の話が発生する。
「ワダツミ」とは長崎県の対馬にある「ワダツミ神社」を本宮とする海運の神さまだが、その俗称として「アヅミ」とも呼ばれ、古来、日本海をわたって信州の地に入り、その際に「穂高見命」が祀られたのだろうとされている。
それが明確に何年に、ということはわかっていないが、神武東征以前、ということを素直に受け取ると、神武天皇が東征をして日本建国を奈良の橿原で行ったのは、紀元前660年とされているので、その前ということになる。となると、時は縄文時代にさかのぼり、神話時代からの物語を今に伝えているといえる。

その後、2000年程度の歴史的空白期間があるが、おそらく安曇村及び近隣の人々が、勝手に木々を伐採、又、狩猟生活していたであろう痕跡があり、しかし歴史的には江戸時代に入り、松本藩による樹木伐採が大々的に行われるようになったところから記録されている。
たった400年程前まではこの土地に本当に縁のあるものと、この土地で生計を立てていた人間以外は立ち入る場所ではなかったわけで、しかし近代登山の到来から、今では多くの登山者が立ち入り、山の魅力を味わうことが出来るようになったことに感謝しなくてはならない。

過去、これまで多くの人々を受け入れることのなかった明神岳をはじめとする穂高連邦、もっといえば日本中の山に言えることだが、それでも太古から日本人は山や川、滝や海など大自然そのものとの共生を意識し、ともに生きてきたことは間違いない。

その昔は、「登山」ではなく神や仏を拝むために登るということで「登拝」という概念のもとに山に入ってきた。これは日本人だからこそ思いを馳せることのできる山とのかかわり方であり、そのDNAレベルでの日本人としてのアドバンテージを最大限に活かして山を楽しむとなると、山頂を踏むピークハントや景観を楽しむといったことの他に、ぜひ、山の神様に逢いに行く、山の仏様を拝みにくために登る「登拝」を目的のひとつに加えていただけたら嬉しく思う。

中村 真(イマジン株式会社代表)

注1:播隆 (ばんりゅう、1786年(天明6年) – 1840年11月14日(天保11年10月21日)は、江戸 時代後半の浄土宗の僧。槍ヶ岳の開山、笠ヶ岳の再興者。播隆が再興した笠ヶ岳東面は播隆平と呼ばれている。播隆上人像がJR松本駅前にある。
 
注2:江戸時代より、上高地明神池は信仰の聖地であり当社の神域。この地は“ひょうたん形”をしており、手前を一之池、奥を二之池と呼ぶ。

注3:奥穂高岳に降臨され辺を開拓していかれたという穂高見命。阿曇氏の祖神として広く知られており海神「大綿津見」の子供で海を司る神様。

************************************************
【メッセンジャープロフィール】
イマジン株式会社代表/尾道自由大学校長
2012年まで雑誌『ecocolo』や書籍『JINJABOOK』などを発行する出版社株式会社エスプレの代表を務め、現在はイマジン株式会社代表として五感を刺激する様々なプロジェクト
「five sense project」のプロデューサーとして活躍中。
学生時代より世界を旅し、外から見ることで日本の魅力に改めて気づき、温泉と神社を巡る日本一周を3度実行。出版のみに留まらずイベントや社会貢献プログラムなど様々なメディア活動を展開中。神社とグレートフルデッドをこよなく愛する42歳日本男児。

————————————————
[神社プラス1メンバーから著作物のご紹介]

◆竹森良一
『WAGO』創刊5周年を記念し『月刊ギャラリー』と共同で4月に日本初の『神社年鑑』を発行いたしました。
全国の主要神社200社(カラー各1ページで紹介)と、神社リスト1,000社以上を一冊に掲載した完全保存版。
目玉企画の一つに、日本を代表する宮司たちの熱いお言葉をご紹介した「宮司講話」もあります。

日本の心を伝える情報誌「WAGO(和合)」絶賛発売中

◆窪寺伸浩
神棚は、会社や家庭の中の小さな神社であり、
神様と私たちをつなぐ、直通電話すなわちホットラインです。
さまざまな成功者が実践している、神棚を使って「神様とお話をする方法」を神棚マイスターが紹介。
なぜ、成功する人は神棚と神社を大切にするのか?」 あさ出版より発売中!

あなたの住まいを、「神様の住む部屋」にしてみませんか?
神棚マイスターが教える、神棚のすすめ!
部屋に神棚をお祀りするまでの物語パートと詳しい解説パートに分かれています。
神棚を知らない主人公の視点で、とても易しく書かれているので、神棚についてまったく知識がない人でも、安心して楽しめる入門書です。
あなたの部屋に神様のお家を作りませんか 神棚のある暮らし方」 牧野出版より発売中。

◆中村真
神社を切り口に「旅」を考えた時、あなたの家の玄関から先がすべて参道になる。
想いを持って、お社に向かいはじめることが参拝のはじまりならば、その道中に
様々な神様に出会うことが出来るはずです。さぁ「JINJA TRAVEL BOOK」を片手に、
あなたの心に響く旅にでかけましょう!
JINJA TRAVEL BOOK」フォレスト出版より発売中

日本全国の神社検索アプリ「THE 神社」アンドロイド版限定無料リリース
クレジット:ImaJin Inc

◆青木康
TJMOOK『神社と神様』 宝島社
手水や拍手、お賽銭の由来などの基礎知識から、日本人の「きれい好き」や「働きもの」の原点を神社から紐解きます。
さらには神社がパワースポットである理由を歴史的に解説。図解満載のワンランク上の神社本です。

別冊宝島『古代史再検証 邪馬台国とは何か』 宝島社
古代史最大のミステリーである邪馬台国と卑弥呼について最新の研究結果と新解釈を紹介します。
『古事記』に興味がある方ならば、きっと弥生時代に神話との共通点を多く発見できるはずです。

弊社で編集した別冊宝島『巡礼 日本の神様』が宝島社より発売中。
他誌では掲載されていない神像や絵画とともに日本の神々を紹介。
さらに神話の世界を体感できる有名神社や、山や巨石などの御神体などの聖地を紹介しています。
聖地を合計100ヶ所紹介する「日本の神様再発見地図帳」付き!

宝島社より私が編集した『日本の神様』が発売中。
神像や絵画などで、本来目に見えぬ日本の神々の姿を先人たちがいかに描いたか、写真を多数掲載。
会社のビル屋上などにある企業が祀る神社「企業内神社」を大々的に特集。

Permanent link to this article: http://jinjaplus1.com/magazine/20160817120000.html